『世間一般が言う幸せ』と『自分にとっての幸せ』は別物だと思う

家族

結婚して家庭を持ち家を建て子供を育てて定年まで働き続け退職し余生を送る。世間の言う幸せの形。私も昔はそれが進むべき道だろうと思っていました。それが人生というものだろうと。

しかしこの幸せの形を作り、維持するのってかなり大変だし、そもそもその幸せは自分の形にきちんとフィットしたものだろうかという疑問が、年を重ねるにつれじわじわと湧き上がってきました。

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当たり前じゃなく運が良かっただけ

正直今の世の中、この世間の幸せの形というものをきちんと享受できている人というのはかなり恵まれていると思うんです。

世間の幸せの形って世の中に適応できて、健全で正常な心と体を持ち、何事も無く人生を全うできている幸運な人じゃないと作ることが非常に困難だからです。

そんなもの当たり前じゃないかという人は、今までの人生がたまたま幸運だっただけです。今まで生きてきて、何事もなかったということは決して当たり前のことじゃありません。

世間の幸せの形を維持するにはお金が不可欠

幸せの形を維持するにはお金が不可欠です。

そしてお金を稼ぐために働き続けるのですが、リストラや経営破綻、職場内での人間関係の悪化、仕事内容そのものへの不満、ストレスによる病気など様々なリスクがあります。

職場の人間関係によるストレスにより入院することになった子供を病院に入院させたまま本人の障害年金をあてにして生活している両親や、認知症により入院している内に持ち家を売り払いそのまま縁を切ってしまう家族を見てしまった時はなんとも言えない気持ちになりました。

形を維持できずに壊れてしまった幸せはもう元通りになることはありません。

自分にとっての幸せの形を作ろう

世間の言う幸せの形ってかなり難易度高めに設定されていますのでもし維持できなかったとしても落ち込む必要性は全然ありませんし、そもそもイコール自分に取っての幸せの形じゃないのなら無理をしてまでその形を保とうとしなくてもいんじゃないでしょうか。

うすうす自分の中でそう感じているのにずっとしがみ付こうとするといつか振り落とされて大怪我を負います。

正直な自分の本心が怖い、本当に自分がやりたいことから目をそらし、何も考えずに済むような日常を送っていると、いつか自分の気持ちと実際に行っていることとの齟齬に耐え切れなくなってしまいます。

分かっちゃいるけど日々に疲弊して立ち向かう気力がないのなら一度立ち止まってゆっくりじっくり考えてみるのもいいんじゃないでしょうか。

焦らないでマイペースに行きましょう。

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