苦労は買ってでもしろ?苦労は有難がらないと駄目? 苦労の過大評価ではないか

苦労

「若い時の苦労は買ってでもしろ」ということわざがあるように、苦労をしなければいけない、苦労をしなければ碌な人間にならないという風潮がありますが果たして苦労ってそんなに大事なものでしょうか?

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苦労自体にはなんの価値もない

  • 家が貧乏でお金に苦労した。
  • 学校で辛い思いをした。
  • 会社の仕事内容や人間関係で苦労をする。

このような様々な苦労話なんかを聞いたことがあるかもしれませんが、その話を聞いたからといって得にためになることってないんです。

苦労をしたということは確かに大変なことだったかもしれませんが、「へぇ、大変だったんだねぇ。」で終わりです。

そうではなくその苦労をした経験から学んだことこそが大切なものなのです。

  • 家が貧乏だったから節約、節制が身についた。お金に関する知識を身につけた。
  • 学校で辛い思いをして悲しかったので、自分は相手に悲しい思いをさせたくないから相手の気持ちになって物事を考えるようになったり、言葉遣いを柔らかくして話すようになった。
  • 会社で仕事内容や人間関係で苦労したからせめて自分の部下にはこんな思いはさせたくないのである程度の立場になった時、仕事内容の見直しや効率化、文書化を勧めたり部下を不用意に怒鳴ったりせず耳を傾けたり小さなことでも見逃さなかったりと職場を改善することができた。

これらは別に苦労を通さなくても学習、実践することは可能です。

わざわざ苦労をする分そのほうが損なのです。苦労をせずともいろんなことに気づけるように常日頃から意識して行動してみましょう。

苦労という言葉が誰かにとって都合のいいものになっている

苦労をしないと駄目だと言われ嫌な事を押し付けられたり、理不尽な思いをする時は、ただ単に苦労という言葉を使ってやりたくない事を押し付けられているだけの場合もあります。

また、俺が苦労したんだからお前も苦労をしろと苦労を押し付けてくる人もいます。それって負の連鎖ですよね。どこかで断ち切らないと永遠に続いてしまいます。

会社の風習や会社内でのみ通用する常識なんかは結構該当するものが多いです。

苦労をしないと駄目だと言われても、そもそも苦労をするということを良しとするのは個人の趣味、嗜好レベルの問題なので、そんなに苦労が好きなのならどうぞ好きなだけ苦労をしてもらって結構なのですが、相手にそれを強要するのは違います。

その人にはその人の価値観があるのですから。

自分が味わってきた苦労が、実は経験しなくても済んだものだったためになんとかその苦労を自分に取って必要なものだったのだと思い込みたいのかもしれません。

しかし自分の苦労の正当化の為に、他人まで巻き込むことは迷惑極まりない行為です。自分がそうなっていないか一度振り返ってみましょう。

しなくてもいい苦労をすることは時間と労力の無駄遣いです。くれぐれも苦労の価値を見誤らないようにしましょう。

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